吉本穎右の死因は結核で顔写真は?笠置シヅ子となぜ結婚しなかった?

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NHK連続テレビ小説『ブギウギ』で村山愛助役を水上恒司さんが演じます。
モデルは“吉本穎右”(よしもとえいすけ)さん。

実は実際にいた人物であの吉本興業創業者の吉本せいさんの息子なんです!

 

『ブギウギ』の愛助は大阪にある日本随一の演芸会社・村山興業の御曹司という設定。
穎右さんも御曹司だったわけですがその生涯は早くに幕を閉じることに。

笠置シヅ子さんの運命の相手だったにも関わらず、結婚することはありませんでした。

 

この記事では

ここをチェック!

吉本穎右の死因は結核で顔写真は?笠置シヅ子となぜ結婚しなかった?

 

ということで穎右さんについて調べてみました。

 

 

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吉本穎右(笠置シヅ子夫)の死因は結核で顔写真は?

頴右さんは吉本せいさんと吉本泰三の次男として、1923年に誕生。
ですが25歳で亡くなっています。

 

 

死因は結核

死因は結核、もっと正確に言うと『持病の肺結核が悪化した』から。

穎右さんは幼少期から病弱で肺結核を患ってしまいます。

兄弟は兄1人、姉6人いたけど兄と姉の4人が亡くなっていることや 母親も肺結核を患っていたので、多くは遺伝ではないか?とされているみたい。

 

不治の病とされていた結核は穎右さんの命も奪ってしまいます。

 

 

顔写真

ブギウギで水上さんが演じている印象が強すぎて「穎右さんはイケメンだったはず!」と私は勝手にイメージしてたけど(笑)

笠置さんの穎右さんの印象は「眉目秀麗(びもくしゅうれい)な貴公子タイプ」と言っていたとか。

 

確かにハンサムで優れた顔立ちをしていたんだろうけど当時のハンサム顔でしょ??

もしかしたらイメージとは違うかも!? と調べてみましたが・・・ Twitterに画像がありましたね!

 

なるほど・・・やっぱりイメージと違ったかな💦 でも真面目で真っ直ぐな人柄のようにみえますね!

優しそうだし、笠置さんにしかみせないお茶目なキャラもあったのかな♪?

 

とにもかくにも頴右さんは、松竹楽劇部にいた時からから笠置シヅ子さんの熱烈なファン!

御園座の楽屋で、お互いに一目ぼれ!!笠置シヅ子さんが9歳年上とか関係ないですよね!

 

ちけぞぅ
2人は愛を育んで1944年に結婚の約束までしたのに、問題があったみたい。どうしてなの?

 

そうですね、上手くいかない理由はありました。

 

 

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吉本穎右は笠置シヅ子となぜ結婚しなかった?

2人は強く一緒にいることを望んでいたけどある人物に反対されました。

その後、切ない生涯を送ります。

 

 

結婚しなかった理由

これは頴右さんの母・吉本せいさんが結婚に反対したから。

笠置さんが9歳上で、しかも当時の大スターは母にとっては商品と同じ。

「そんな女と可愛い私の息子が結婚!?そんなの認めるわけがないでしょ!!」とかなりな剣幕だったかも。

自身の他の子を死なせてしまっているから尚のことだったんだとは思います。

 

 

でも、同棲を始めた2人は1945年の東京大空襲で家が焼失し、吉本興業の東京支社長・林弘高氏が用意してくれた隣家に移り住んだそう。

そして1946年10月に笠置さんの妊娠が発覚、頴右さんは吉本家の財産を整理するため大阪の吉本興業へ。

妊娠で吉本せいさんの態度は一変、2人は結婚しました。

 

 

結婚はできたものの、頴右さんは風邪をこじらせ持病が悪化。 そのまま笠置さんとは再会できず、亡くなります。

 

 

子供は亀井エイ子

笠置さん悲しみ、絶望、苦しみの中、長女・亀井エイ子さんを出産。

笠置さんはシングルマザーとして再び舞台などで活躍することになります。

 

エイ子さんはまだご健在でメディアにも出演されているので比較的知られているとは思います♪

エイ子さんについてはこちらの記事にもっと詳しく書いているのでご興味ある人は読んでみて下さいね♪

 

 

【吉本穎右の死因は結核で顔写真は?笠置シヅ子となぜ結婚しなかった?】まとめ

●笠置シヅ子の夫の吉本穎右は病弱で持病の結核が風邪で悪化し25歳の若さでこの世を去った。この時代では中々のイケメンでハンサム。

●吉本穎右の母親・せいに結婚は反対されたが同棲し、笠置シヅ子が妊娠していたため吉本せいの態度は一変、結婚はできた。 頴右は風邪をこじらせ持病が悪化、笠置さんとは再会できず、亡くなる。

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